“うまくいかない夜”にも意味がある、という話。~名古屋心療内科マンガ





目次
早漏とは何か――DSM-5による定義から
精神医学の国際的診断基準であるDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition)では、
早漏(Premature Ejaculation)は「パートナーとの性交時に、挿入からおおむね1分以内に射精が起こり、
本人またはパートナーに苦痛をもたらす状態」と定義されています。
また、6か月以上持続し、全ての性行為の75%以上で生じている場合に診断されます。
つまり、「一度早く終わってしまった」「その日だけうまくいかなかった」という一過性のケースは、
医学的には早漏とは言いません。
早漏はおよそ男性の20~30%が経験するとされる最も一般的な性機能の悩みの一つです
決して珍しいことでも、恥ずかしいことでもありません。
「焦り」が早める——心理的要因の悪循環
早漏は、身体的な問題だけでなく、心の状態によっても強く影響を受けることが知られています。
その中でもよく見られるのが、心理学でいう 「パフォーマンス不安(performance anxiety)」 という状態です。
これは、「うまくやらなければ」「失敗したらどうしよう」という“評価されることへの不安”が高まり、
体や心が過度に緊張してしまう状態を指します。
たとえば、プレゼンの前に手が震えたり、試験の直前に頭が真っ白になったりする――
あの感覚と同じです。
性的な場面でも、「相手を満足させなければ」と焦るほど、
交感神経が過剰に働き、呼吸が浅くなり、体がリラックスできなくなります。
このように、「失敗を恐れる気持ち」そのものが体の反応を早めてしまうことがあるのです。
一方で、「次こそは失敗できない」という焦りがさらなる不安を呼び、
結果的に同じことが繰り返されるという悪循環に陥ることもあります。
この「心因性早漏」は、心理療法や行動療法で十分に改善が期待できる分野です。
心の治療法:焦りを減らし、“安全な場”をつくる
心理療法の分野では、Masters & Johnson(1970)のセックス・セラピーが有名です。
ここでは、カップルが「失敗を恐れない安全な場」をつくり、
パートナー同士のスキンシップを焦らず段階的に取り戻す方法がとられます。
また、行動療法的アプローチとしては、
「ストップ・スタート法」や「スクイーズ法」などのトレーニングが知られています。
これは一人で行うことも可能ですが、信頼できる医師やカウンセラーと進めることでより効果的です。
薬物療法としては、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の低用量投与が有効とされています。
これはセロトニンを増やして射精反射を遅らせるもので、
欧米ではすでに第一選択薬として広く用いられています。
「1時間が理想」は幻想かもしれない
マンガのラストにもあったように、「女性が満足するまで1時間必要」と語る調査がありましたが、
実際にはこのような結果はごく一部の回答者に基づくものであり、
科学的に再現性のあるデータとは言えません。
米国の性科学者BlumsteinとSchwartzの研究(1983)では、
平均的な性交持続時間は5〜7分程度とされ、
多くの女性も「数分で満足することが多い」と回答しています。
つまり、「長ければよい」「短いのは悪い」という価値観は、
現実よりもメディアや思い込みによって作られた“幻想”なのです。
大切なのは「時間」よりも「安心感」
性的な満足は、時間の長さではなく、相手との安心感・信頼関係によって大きく左右されます。
心理学者Abraham Maslowが提唱した欲求階層説でも、
性的満足は「安全・愛・所属の欲求」の延長線上にあるとされます。
つまり、“相手に受け入れられている”という感覚があってこそ、
性的な快感や満足が生まれるのです。
そのため、パートナーとの間で率直に気持ちを共有し、
「失敗しても責めない」「お互いに安心できる環境をつくる」ことが、
治療よりもずっと大切な一歩になることもあります。
おわりに
早漏は“スピードの問題”ではなく、“心のつながりの問題”です。
焦りや恥ずかしさではなく、理解とコミュニケーションこそが改善の鍵になります。
そして何より、「誰にでも起こり得る」ことを知るだけで、
心が少し軽くなる人もいるでしょう。
もし一人で悩んでいるなら、
パートナーや医師に少し話してみてください。
その一歩が、きっと安心と回復につながります。
今回の話、何か少しでも参考になることがあれば幸いです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
(完)